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知恵と知識で、不況を好機に変える起業家たち アメリカのビジネスマインド

Taka Muraji 村治孝浩

不況はネガティブなことばかりではない、

と考えるアメリカの起業家たち。


アメリカでは「不況に突入すると学校が繁盛する」という法則があります。なぜ・・・?と思われるかもしれませんが、ここにアメリカの経済の底力を支えるシステムの秘密が隠されています。経済が下降局面に入り、レイオフが増える。解雇された人たちは、ある一定期間職探しに走りますが、自分の望むポジションが得られない場合・・・多くの人、特にキャリア上昇志向の強い人間ほど、学校へ「自分の再教育」のために戻ります。


大きく異なる個人主義社会と集団主義社会の教育

G・ホフステードという文化人類学者は、異文化マネジメントの世界では非常に良く知られる人物ですが、彼が著書の中で「教育の目的は個人主義的な社会と集団主義的な社会では異なる」と説いています。

彼によれば、個人主義社会では教育の目的は個人がゴールを達成するための準備であり、新しい状況、未知の状況、予期せぬ状況に対処する方法を学ぶことを目的とします。ここでは卒業証書はある専門分野を修得して個人の経済力を高めるばかりではなく、達成感を与え、そして自尊心をも高めるものだとしています。また、こういった社会では、人々は新しい物事に対して興味を抱き積極的な態度を抱く一方、学習は生涯に渡るものと考え、生きている限り教育を受ける機会が得られるべきだ、と考える傾向が強いのが特徴です。

一方集団主義的社会では、教育の目的は社会に受け入れられるために必要な技能と知識、そして道徳を身に付けることに重点が置かれます。そのため、学校教育は人生の早い段階で通過しなければならないものとされ、学校教育は一度終了すれば再び戻ることは稀です。言い方を変えれば、学校教育の終了は社会の乗車券を得るのに等しく、一度得た乗車券を再度得る必要性は社会的にもさほどありません。ただ格式の高い学校からの証書が得られれば、より格式の高い社会への乗車券が得られることにもなるのです。※脚注


ビジネスでも知らないことがあれば学校で学べ

この分析は、非常に的確です。個人主義的傾向の非常に強いアメリカでは、まさに「卒業証書は学位の取得=新しい知識に対する証明書」であり、それに対して具体的な対価が社会から示されます。これに加えて、学習は生涯に渡るもの、という考え方が社会一般に浸透しています。

たとえば、大学を始めとするほとんどの高等教育機関で、生涯教育プログラムとして社会人向けの一般コースが用意されているのはごく普通です。一方、教育は「社会的に経験のある者から実践を経て学ぶもの」という徒弟制度的なシステムではなく「その分野の専門的知識を持った者から得る」という考え方が強いのも特色といえるでしょう。こういった考え方は、アメリカの企業における人材育成にも顕著に現れています。

多くのアメリカ企業が積極的に社員を外部の教育機関に送ったり、自社教育に社外の企業セミナーのプログラムを取り入れたり、また社員がMBAなどの学校に行くことに積極的な財政支援を行っているのはこういう文化的背景に拠るところがとても大きいのです。

さて、このような社会基盤を背景にしているアメリカですから、一度社会に出た人々が学校に再度戻ることに対して躊躇はまったくありません。というよりも、自分が経験したことがない状況や分野に立ち向かう必要が生まれた場合、アメリカ人は積極的に学校へ「学び」に戻ります。その動きが不況下ではより活発化する、というわけです。


有能な人材は官僚でも企業家でもなく、起業家を目指す

さて、ここで転職・再雇用をあきらめて、アントレプナー(独立起業家)になる多くのアメリカ人の動機を少し掲げてみましょう。

1.自分の新しい可能性を試そうと以前からのアイディアを試したいと考える

2.自分が自分のボスになる、という夢を叶えたい

3.会社のために働くのではなく自分のために働きたい

4.自分の力で新しい新天地を目指したい

5.成功した場合の利益と達成感の大きさは企業人では得られない


私の友人がかつてこんなことを口にしたのを覚えています「アメリカでは優秀な人間は起業家を目指すが、日本では官僚を目指す」。けだし名言。アメリカでは小さい頃から独立精神は非常に旺盛で、小学校の頃からはっきりと自分の将来に対する夢を語る子供たちが少なくないのは、日本とは大きな違いです。この傾向は年を重ねるごとに強くなり、大学に入学し、さらに大学院に入学するともなれば大多数の人間が、将来は何らかの形で自分のビジネスを持ちたい、と考えることがごく普通となります。

一方、この傾向は、会社勤めを始めてからも続きます。少し乱暴な言い方をすればアメリカでは、はっきりと自分が有能だと信じている人間は「常に独立の機会を狙っている」ということでしょうか。こういう人間にとっては、不況は夢を叶える千載一遇のチャンスに映る、といっても言い過ぎではないのです。


こうして、アントレプレナーを目指す人間は、資金力があればMBAに戻り、そうでなければ地元の州立大学やコミュニティカレッジに再入学し、実践的な起業への知識と技術を身に付けて数年後に社会に個人事業主として戻っていきます。また、既に知識を持つ人間は、手持ち資金を元に直ぐに起業を計画します。これが大きな草の根の経済活性力となり、アメリカの経済の底力となるのです。

ただ、現在のアメリカが非常に危険な状態にあるのは、銀行の貸し渋りによってこういった個人事業主や起業家に資金が回らない状況が続いていることです。これは、アメリカの大きな力である個人事業主や起業家の育成を阻み、数年後に生まれるビジネスの萌芽を摘んでしまうことになります。連邦政府をはじめ州政府もこの問題を非常に深刻視しており、そういった理由もあり、アメリカでは銀行救済がことさら特別な意味を持っているとも言えるのです。


不遇を好遇に変えるのは知恵と知識だ

今私たちが見舞われている不況は、大規模な森林火災と考えられるのかもしれません。自然の生態系の中では、必然性により、ある一定のサイクルで山火事が起こります。森林が焼き尽くされることによって不要な植物が間引きされ、同時に焼かれた植生が肥やしとなって焦土は肥沃な土地へと生まれ変わり、新世代のより豊かな生態系が育まれます。ただしこれはあくまで自然発火による森林火災の場合の話。今回の現象が、短期的なかつ人為的な原因によるものなのか、それとも、長期的に見た場合起こるべくして起こった、自然火災なのか・・・。その判断は非常に難しいところですが、新しい経済の再生のために長期的な視点で何らかの手を打つ必要性は、人材育成においても重要です。


この意味において、アメリカは社会的に、次の世代に向けていろいろなムーブメントが個人レベルにおいて「自分のスキルと知識の再教育」と言う活動を通じて、草の根で起こっていることは間違いがありません。その力こそがアメリカを世界経済のリーダーとして支える影の力であり、その力が絶えた時こそ、アメリカの経済が真に牽引力を失う時だと言えるでしょう。

アメリカ式経営や金融のあり方に、バッシングが色濃い昨今ですが、日本人の私たちは、こういったアメリカ人の知とスキルへの地道ながら積極的な学びの姿勢を見聞することはあまりありません。しかしこれは、私たち日本人が得意とする勤勉さにも通じる姿勢です。アメリカの不遇を好遇に変える知恵の一端は、ビジネスピープルの絶え間ない教育にある。この事実から、日本人の私たちが学べることは多いのではないでしょうか。


 
 
 

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